糸。
母を見送りました。
一連の式にはビックリするぐらいたくさんの人達が集まってくれました。
世の中の潮流よりもずっと前時代的で保守的で変化を忌避するような地域で、女性、しかも相対的に外部と関わりの薄い専業主婦であった母が、父を含め近隣の人々誰もが驚くような数の人々に見送って頂いた。
感謝の念に堪えません。
父は「母さんは敵を作らない人だったからな」と笑っていました。
(まあそんな母も人の好き嫌いは相応にあったようですが)
ここでも一度話題にしましたが、母の病状は回復傾向にあり、それが故の今回の一件となってしまったようです。
端的に言うと母が受けた治療には相応にリスクがあり、そのリスクを拾ってしまったと言うわけです。
我々サイドは努めて楽観的に考えていたため完全に寝耳に水で、一通り見送りが済んで落ち着いた今もなお、正直なところ現実感に乏しいとさえ感じています。
ただ、すぐそばで母をずっと見守って来た父にとってはそうではないかも知れない。
母が去り灯火が消えたような我が家には老いた父と、故あって家を離れられない兄が残るばかり。
チェシャさんは大学を出て、その数年後に実家も出て、以来だいぶ長いこと自由気侭な暮らしを許してもらっていましたが、そろそろあの家に戻るときが来たかと思います。
差し当たっては完全に『他所の人』扱いされている飼い猫から信頼を勝ち取ることから始めなくてはなりません。
あと実家にいると周りの人々に影響され自然と訛りが酷くなります。
急なお休みを頂いたためおシゴト場と電話でやりとりする機会も相応にあったのですが、その際にうっかりと訛りが出て「おっと」となってしまうことが幾度かありました。
花瓶はカーネーション。
毎週花を活ける意味がひとつ増えてしまいました。
枯葉散る白いテラスの午後3時。
桜はまだかいな。
お彼岸ですね。
スペイン語で「巨人」と言う意味ですね。
そんなわけで本日は実家に軽く帰省をして参りました。
ここではこれまで全くおハナシしたことがありませんが、昨年ぐらいから実家の母が入退院を繰り返しております。
そして年が明けて1月終わりのあたりからまた入院し、改めて検査をしてみたらどうやらこれは穏やかじゃないんじゃないか、と言う話に。
で、地元のイナカの病院から市内の病院に転院し、きちんと調べてもらったところ、案の定と言うかなんと言うか、肺にガンが見つかった。
手術が出来ないほどに発見が遅かった割には恐らく非常に幸運なことに骨や脳などへの転移は見られず、腫瘍は肺だけに留まっておるそうです。
以来抗がん剤の投与やら放射線治療やらを重ねて来たわけですが、良い感じに治療効果が出て先日なんとか退院にこぎ着けるまでに回復。
2カ月ぶりぐらいに住み慣れた我が家への帰還が叶ったわけです。
母のケースは恐らくかなり幸運な方で(ただまあ根治は見込めないらしい)、治療を続けていけば進行を可能な限り遅らせることは出来るようです。
今後は、最近認可されたばかりの、えらいお高いお薬を使った免疫治療に入るようです。
自己負担金も相応ですが、そうでない部分は当然公庫が支払ってくれる。
高齢者医療制度に感謝の念が尽きませんが、逆に言えば母が肺ガンになりさえしなければ生じなかったはずの支出です。
そんなわけで、チェシャさんはもともと一部のマナーの悪い喫煙者の皆さんに非常に厳しい目を向ける性質(たち)でしたが、この一件以来いっそう「歩きタバコとか●ねよクズが」と言う思いを禁じ得なくなったのでした。
実家の裏の梅の樹が良い感じに花をつけていました。
桜の樹も少しずつ蕾が大きくなって来ていました。
花瓶は白のマーガレットとピンクのガーベラ。
いわゆるひとつの【揺花草子。】セットでございます。
滑り込み。
今週はストック。